人間は美しいものを求める。
対象は物であれ女性であれ、美しいものは富や権力のある所へと集まる。
人は皆、美しいものに憧れ、
財力に証して、又は力ずくで手に入れようとする。
何に美を認めるかは時代と風土によって違いはあるが
美を希求する心は何時の世も同じである。
例えば「正倉院御物」、聖武天皇という天平時代の最高権力者が遺愛した文物を東大寺に寄進し正倉院という倉に保管されてきた工芸品である。
毎年開かれる正倉院展には多くの人達が技と感性の極致、
権力者の元に集まった至玉の一端に触れたいと集まるのである。
見方を変えて「物」を創る側の人間からしても
対象物を美しいと感じるから制作意欲がでるのであって、
物を理解し賞賛し対価を与えてくれる人に所有して欲しい
と願うのも至極当然である。
ただ美を見出す眼も生み出す技術も一代限りであることが多い、
例え我が子であっても審美眼は伝承できない。
故に物作りを目指す者、美を極めたいと願う者は先ず、
美を見出す眼を養うことが肝要であり
過去の富貴者の元に集まった品々を先ず見なければならない。
貴族趣味と揶揄されるとしても、それが正統であると信じている。
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